自分を赦す

じつは、人は一番自分に厳しいもの。

人と比べて、できない自分、優しく親切でない自分、ズルい自分を厳しく罰しています。

キリスト教では、人は生まれながら原罪を背負っている存在といわれる。

そのくらい、個人の中だけではなくて、長年の人類の歴史、集合無意識、普遍無意識の中に組み込まれているのが罪悪感。

しかも、罪悪感は人を縛ります。

罪深い私、人を不快にさせる私、期待に応えることができない私は幸せになってはいけない。

愉しく生きてはいけない。ゆえに、苦しいことを続ける。

私も長年やってきた。

外から見えなくても、心の中は罪悪感とか恥の感覚でいっぱい。

じゃあ、この罪悪感からどう抜け出せばいいか、というと

自分の罪を赦すこと。

自分自身に罪を着せているなら、自分で赦してあげる。

若気の至りだったり、つい魔が差したり、やむ負えないこともあるよ。みんな言わないだけで、同じようなことをしている人もいっぱいいる。

そもそも、人は神様ではないから完璧な人はいないよ。

罪を赦す。

カウンセリングやセラピーで自分が罪だと思っていることをテーマにとりあげると、それ自体が「自分への赦し」になる。

私も、自分自身がセラピーを繰り返すことで、自分への赦しが少しずつできるようになり、

気が付くと、私を縛っていた罪の影が薄くなり、自由度があがった。

自分への赦し。

自分を厳しく律するあまり生きづらいと思う人は、まず自らへの赦しをしてほしい。