感謝は大切と言われる。
「ありがとう」とか「ありがたいな」と思えるときは、心も体もあたたかくなる。
ただ、親や先生、そして道徳として「親には感謝するもの」「感謝しなさい」
と言われて感謝できるだろうか。
私は全然できなかった。
心の底では「なんで嬉しくもないのに感謝しなきゃいけないのだろう」とひねくれていた。
自分が今、生きていること、そして生活できていること。日々のささやかな楽しみとか嬉しさを感じられる時、自分が満たされた時でないと感謝はできないのだ。
ただ、言葉としての「ありがとう」は、相手の心には響かない。
感謝はするものではなくて、「湧き出てくるもの」。
感謝に限らず、人間の気持ち、意欲、感情は噴水のように「湧き出るもの」なのだ。
湧き出てくるものに、我慢という名の「蓋」をしてしまうと、いつか生きている意味がわからない、という状況に陥ってしまう。
自らの底から湧き出てくるものを放出させた時、本当の生きている意味がわかるようになる。